2017.02.27
【第12回】家族みんなで営む、鹿児島のあたらしくて小さな出版社・燦燦舎。
取材のアポイントメントから緊張した。メールはなるべく完結に、連絡事項はわかりすく、取材日時の決定はスムーズになど、いつも以上に細心の注意を払った。しかし、そんなときにかぎってパパッとはいかないもので…。同業者へ取材するのは初めてのことだった。
今回の『てげてげ日和』にご登場いただくのは、鹿児島の新しい出版社・燦燦舎。2014年に鹿児島市内の出版社に勤務していた鮫島亮二さんと、奥様で美術作家のさめしまことえさんが新たに立ち上げた小さな出版社である。鹿児島・九州愛たっぷりのアイテムを発売しているおふたりにお話をうかがうため、鹿児島市内の自宅兼オフィスを訪ねた。
地元・鹿児島、九州をテーマにしたアイテムを発売中!
「まずは鹿児島の本を出そうと思ったんだよね」というのは亮二さん。設立当初、燦燦舎の記念すべき第一弾として発売されたのは『桜島! まるごと絵本 ~知りたい! 桜島・錦江湾ジオパーク~』だ。桜島にまつわる本は多数出版されているが、子ども向けの本はほぼないに等しく、そこに気づいた亮二さんが編集を務め、イラストをことえさんが描いている。この絵本、私のように県外出身者で桜島をよく知らない大人にも読み応えがあり、親戚や友人の子どもへのギフトとして数冊購入したが、それぞれにとても喜ばれた。燦燦舎はこの絵本から始まり、この3年で4つのアイテムを発売している。
BEAMSとのコラボレーション! すごろくが結んだあらたな縁。
燦燦舎は鹿児島市内の郊外にあり、鮫島家の子どもたちは少し前まで築100年以上の古民家で育ってきた。その野山にある自宅兼オフィスに昨年の夏、1本の電話がかかってきたという。「BEAMSですけど、九州のすごろくを作ってくれませんか?って言われて。え? あの洋服のBEAMSですか? って思わず聞き返したよ」と亮二さんは笑った。2014年12月に発行された『ぐるっと一周! 鹿児島すごろく』を見つけたBEAMSの担当者から、その九州版の制作を依頼されたのだった。『ぐるっと一周! 鹿児島すごろく』は鹿児島の名所をサイコロを振って進んでいき、勝負どころで“一発逆転の切り札”となるカードを繰り出して遊べる。おまけの冊子『すごろく手帖』には、すごろくで旅したスポットの解説がていねいになされており、家族で楽しみながら鹿児島を学べるつくりだ。
亮二さんはそのオファーを受けるか悩んだという。“九州は広い、鹿児島のことは知っていても、九州となると知らないことも多い。果たして納得できるおもしろいものができるのか”と。しかし、静岡県出身ながらアート活動を通して九州各地に友人が多いことえさんの存在が後押しする。実際に制作する段階で、ことえさんのアート関連の友人たちがたくさんのスポットを紹介してくれたこと、BEAMSからのスポットの情報提供のサポートにも助けられた。そして、できあがったすごろくを販売する、BEAMSと伊勢丹三越が主催するイベント「大縁起物市」では、“売り上げの一部が熊本の復興支援活動のために寄付される”という主旨にも賛同し、発行を決めた。そして燦燦舎ではイベント終了後も、引き続き売り上げの一部を熊本をはじめ九州各地の復興支援活動のために寄付することに。亮二さんは「子どもたちを置いて復興支援活動をすることは難しいけれど、仕事を通して復興に役立てるなら、と思ったんだよ。やっぱり九州で生まれて、生きてきたからね」と語る。
『ぐるっと一周! 九州開運すごろく』が完成するまで。
編集者は事前にリサーチし、現地へ出向いて取材をして記事を書く。これが本や雑誌を制作する際のベーシックなやり方。すごろくの場合はどうなのだろうか? 九州全域は広範囲であり、すごろくということでスポット数も多い。秋に制作スタートで12月に発行ともなると、同業者としては聞いただけで冷や汗が出るレベルだ。リサーチと取材はどうしたのかと伺うと、「実際に数回にわけて九州を車でまわったよ。全部で2週間くらいかな」と亮二さん。一方、ことえさんは「編集の鮫島くんと、イラストを描く私が24時間一緒にいられる環境だからこそ、やり取りがその場でできて、作業スピードも速かった。家族じゃなかったらこの制作期間ではできなかったと思う」という。けれども、「イラストを却下したり、修正してもらったり、ことえさんに無茶な要求をして家庭内がギクシャクした瞬間もあったけれどね」と亮二さんが付け加えると、ことえさんは「オンとオフの切り替えが難しい。夫婦で仕事するのって大変ですよね」とキュートな笑みをみせる。夫婦だからできること、夫婦だから大変なこと、それでも乗り越えられるのは夫婦の愛と絆ありきなのだろう。
2016年12月、『ぐるっと一周! 九州開運すごろく』が無事に発売された。表紙は千歳飴をモチーフにしたデザインで、7県を表すイラストが描かれ見るからに縁起がいい。編集者・ライターとしてはもちろん、経営、営業、発送、販促のすべてを担う亮二さんは、できあがったすごろくを持って各地のイベントで出店も行う。「すごろくって子どもの反応がすごくいいんだよ。今はすごろくで遊んだことのない子どももいるけれど、イベントに持っていくと興味をもってくれる子が多い。逆に、まったく興味を示さない子もいるけれど(笑)」。今の時代、ゲームなどモニターを通しての遊びが一般的になっている。それでも、色鮮やかなイラストがいっぱいのすごろくに興味をそそられる子どもたちがいるということにホッとする。「一覧性のあるものって意外とないんだよね。それに、大きな紙ってやっぱり迫力、存在感がある。これってモノとしての良さなのかな、と思うんだけど、それはつくってみるまでは自分でもわからなかったことなんだよね」と亮二さんは話す。
燦燦舎の使命と未来について。
出版業界の不況が叫ばれて久しい。それでも出版社として家族一丸となってがんばるのは、一体どんな理由があるのだろう? 「親が自営業をしていて自分も子どものころに働く姿を見てきたんだよ。どこで何をしているかわからないよりも、すぐそばで働く姿を見せられるのはいいのかな、と。それにつくって、売って、かえってくるっていうのは、すごくわかりやすい仕事。イベントですごろくが売れると6歳の子どもたちも喜ぶんだよね(笑)。仕事は制作から営業、発送もすべて自分たちでしているから、自分の身体を通っていく身体的な実感もある。規模が小さいからこそ目が行き届くし、“意味がわからない”ことがひとつもない」と亮二さん。その誠実な仕事ぶりは、すごろくの隅々までぎっしりと書かれたキャプションにも表れている。ほっこりしたり、クスッと笑えたり、編集者としてのこだわりが見え隠れして同業者としてはキュンキュンするのだった。
さて、気になるのは今後の制作物である。「“売れない本も出していきたい!”というと語弊があるけれど、短期間で売れない本でも紙できちんと残しておくべき“大事な本”というのがあると思うんだよね。だから、時間がかかってもゆっくりと売れ続けるものをつくっていきたい。出版依頼もたくさん来るんだけど、現時点では採算を考えると出せないことのほうが多い。今はアイテムが売れないと困るんだけど、残すべき本をつくって販売するのは出版社としての使命でもある。そのためには、まずは一つひとつ確実にいいものをつくる、いい原稿、残すべき本の制作ができるような体力・実力・販売力をつける。そうして出版社として幅を出していきたい」と亮二さんはいう。これから出版が予定されている本は、歴史関連の書籍や鹿児島の郷土料理のレシピ本などがある。生まれ育った鹿児島、九州に恩返しするかのように、ていねいにひとつずつ制作して発行している燦燦舎。そのアイテムには、鹿児島の地で暮らす鮫島家のあたたかな営みの息遣いが感じられる。
TEL 099-248-7496
FAX 099-248-7596
HP http://san-san-sha.com
Blog http://san-san-sha.hatenablog.jp
(亮二さんが書くブログは爆笑必至! 要チェック!)*燦燦舎の本はホームページからも注文可能! 日本全国送料無料!
やましたよしみフリーランスの編集者・ライター。鹿児島県薩摩川内市在住。浜松市出身。
大学卒業後、IT関連企業を経て、出版社、編集プロダクションに勤務。
主に女性向けフリーペーパーや実用書、育児情報誌などを制作。
2011年、東京から鹿児島へ移住。2012年よりフリーランスとして活動している。
得意分野は、食と暮らし、アート。二児の母でもある。
■ブログ http://yamashitayoshimi.blogspot.jp