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TEGE TEGE BIYORI てげてげ日和

大自然に恵まれ、豊かな食、
魅力的な人が集まる南国・鹿児島—。
「てげてげ日和」では、
鹿児島生活10年目のライター・
やましたよしみが、
鹿児島の素敵な人・モノ・風景などを
ご紹介します。

2021.01.14

【第30回】1300年の伝統を切り拓く、奄美大島「金井工芸」の染色家・金井志人さん。

世界中で奄美大島だけで行われている天然の染色方法、泥染め。この1300年の歴史がある大島紬の伝統技術に、新たな付加価値を重ねる染色家がいる。大島郡龍郷町にある金井工芸の金井志人さんだ。記念すべき第30回を迎えた『てげてげ日和』。奄美大島へ足を運び泥染め体験をしつつ、取材はオンラインで実施した。

Zoomにてオンライン取材が終わり、スマホでパシャっと撮った一枚。

音楽に夢中だった青年が、染色家になるまで

友人から初めて金井さんを紹介されたのは2012年。当時、東京から鹿児島へ移住して一年足らずの私にとって、離島で家業を継ぎ、新たな展開を生み出す金井さんがとてもまぶしく映った。それでいて気さくで穏やかな雰囲気をまとっているから、どうしたって親近感をもつ。しかし、SNSを通じて知る金井さんの活躍ぶりは、私のような地方で活動するいちクリエイターには刺激そのものであった。

金井工芸の外観。(以下、Photo by 山下冗談)

彼は奄美大島に生まれ育つ。高校卒業後、都内にある音響を学ぶ専門学校へ進学した。子どものころから工房へは出入りしていたものの、熱くて危ないものもあれば、製品となる絹糸などもあり、基本的には「触ってはいけない」と言われていたそう。一方で、染色の過程で職人さんたちが田んぼや川へ行くときには、一緒に着いて行っていたという。高校時代は音楽に夢中で、染色を手伝うのは「夏休みのバイト」。家業や伝統技術を継承する、という感覚はなかったそうだ。

泥染めされた糸が工房内に美しく並ぶ。

25歳のとき、奄美大島へ「たまたま帰って来た」と金井さん。それから工房を手伝うようになる。「職人さんがそれぞれに本気で色をつくっていることを初めて知ったんですよ。だから手伝いの合間に気になることは何でも質問して、とにかく実践してみた」。あるとき、大島紬の絹糸を染めてみたらと提案される。本場大島紬は、奄美群島の織物で、絹糸を深い黒に染め上げ、その絹糸で手織りの平織りで絣合わせをして織上げる。伝統工芸品であり、世界三大織物にも数えられている。

工房内で泥染めの作業をする金井さん。

熟練の職人さんの手ほどきを受けながらなんとか染め上げたが、最後に絹糸が切れてしまう。金井工芸の代表であり、父である金井一人さんが納品先にそれを謝罪した。「父が謝っている姿を見て、自分は仕事のことがわかってなかったなと思ったんです。そして、工房がどうやって仕事をしているかをようやく理解した。染めるだけでは完結しない。多くの人が携わって大島紬をつくっているということに気づけたんです」と金井さん。

泥染めの色味をレシピ化。新しい概念を形成した

当時の工房には、そもそも彼が手伝うほどの仕事量がなかった。金井さんは「だったら自分で自分の仕事をつくろう」と決める。泥染めは、車輪梅の煮汁で褐色に染められた糸や生地を、天然の染め場である「泥田」へ運び、車輪梅の染料に含まれるタンニンと、土壌に含まれる鉄分とを化学反応させて色をつけていく。大島紬の深い黒を表現するためには、車輪梅と泥の染を100回近く繰り返すのだが、昔からの職人さんは、長年深い黒をつくることを仕事としているため途中で色を止めることが難しい。金井さんはそれに気づき、もっとほかのアパレルや異業種からのオーダーを受けられるよう、色味のバロメーターをつくってレシピ化することにした。「色のサンプルをつくって、退色テストをして、というのを今も続けています」と金井さん。つまり、泥染めでつくりあげる、大島紬の絹糸の染色にはない概念をつくったのだった。

左上あたりから吊るされているのが車輪梅。

こうした地道な試行錯誤の結果、金井工芸には、誰もが知る有名アパレルメーカーやブランドからのオファーが増える。しかし、金井さんは「泥染めは自分だけのものではないんです。あくまでも島のもの。それに工房の稼働には限界もあります。たとえ機械化したとしても、故障した場合に島にはすぐに修理してくれる工場もない。だから自分たちで責任をもって、コントロールできる範囲で仕事を受けるようにしています」と、手作業にこだわる。

お昼どきに休憩する職人さんたち。和気あいあいとした雰囲気だった。

「金井工芸」で泥染め体験。1300年の伝統に触れて

今回、数年ぶりに奄美大島を訪れ、金井工芸に立ち寄った。以前よりも若い職人さんが増えている。よく見ると、鹿児島の友達の友達も働いていた。染料の独特な香りと、目に見えない活気が工房を満たしている。泥染め体験のお客さんとして、女性の職人さんから手ほどきを受けた。持参したストールとパーカーを染料に浸してていねいにもみ込むも、たっぷりと染料を吸ったパーカーは重たく、これを仕事として毎日行うのはとても重労働だな、などと考えた。

パーカーを染料に浸して揉み込む、やました。


ときおり世間話を交えながらも、ていねいに染め方を教えていただく。

泥田では、底に沈殿した泥を足で撹拌し、腰を曲げて染める。日ごろの運動不足が身体にくる。パーカーは夫のものだったので、なぜこんなに重たくなるものを選んだのか、と夫をうらめしく思いながら作業に取り組んだ。

工房の裏手にある泥田。パーカーの色が泥と反応して少しずつ変化した。

しかしながら、染め終えるとストールとパーカーが乾いたときに、どんな色に仕上がっているのか、とてもワクワクした。1300年の伝統に、こんなにも気軽に触れられるのは感慨深い。金井さんは語る。「形としての大島紬を守りたいのか、大島紬ができた背景を守りたいのか。いまは産業化して、僕は前者になっていると思うんです。けれど、大島紬の本質的なことを守っていこうとすれば、形が変わっていくことを恐れなくていい。違う形で違う時代に存在することができると思うんです。1300年の歴史と言われていますが、そのうち1200年は自然な流れで形を変えてきたわけです。産業化するにあたって定められたルールは100年足らずのはずで、大島紬がいまの形になったのもここ100年ほどのこと。僕はそれ以前のことがすごく重要だと感じています」。

若い職人さんが泥田で作業する様子。

「伝統は、その時代ごとにつくりあげていくもの」

さらに彼は「伝統工芸は守るためのものではない」と話す。「いまは伝承が産業になってしまっているんです。でも伝統は、その時代ごとにつくりあげていくもの。伝承が盾になって試行錯誤しにくくなって、大島紬が“伝承工芸”になってしまっていないかな、と危惧しています。ただ、そういったなかで、ものを生み出す延長線上に僕はいる。本質を守りながら新たにつくっていくスタンスが、伝統工芸に準ずるということなのではと思っています」。

海外のアーティストともコラボレーションしている金井さんだが、「お互いになにか物をつくろうと思っているのではなくて、“こと”をつくろうとしている。いまは動きにくい状況だけれど、オンラインという限られたなかで、なにができるか。“こと”を探っていくことで十分だなと思っているんです。お互いにそれを見つけていくことが気持ちいい。試行錯誤してやり方をつくっていくことが、より人間らしくて、いい状況だなとも思うんです。その過程がおもしろいから」と語る。

夜の工房にて、海外での出展用のプロフィール写真も撮影した。

金井さんは、奄美大島という自然のなかで生まれ育ち、自然を相手に仕事をしている。たたずまいも在り方も、新しい仕事に挑戦する姿勢さえもごく自然に映る染色家。自分の髪を金髪にしたのは、泥染めするためなのだとか! この言葉以外に表現が見つからない。とにかく、金井さんはなんかかっこいい。

▼問い合わせ先古代天然染色工房「金井工芸」
TEL 0997-62-3428
鹿児島県大島郡龍郷町戸口2205‐1
https://www.instagram.com/yukihitokanai/
http://www.kanaikougei.com/

※泥染め体験については、金井工芸へ直接お問い合わせください。

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