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大自然に恵まれ、豊かな食、
魅力的な人が集まる南国・鹿児島—。
「てげてげ日和」では、
鹿児島生活10年目のライター・
やましたよしみが、
鹿児島の素敵な人・モノ・風景などを
ご紹介します。

2020.06.24

【第28回】8つの仕事でスキルを獲得し研ぎ師の道へ。上山刃物・木下ゆうきさん。


昨年の夏、手にして以来、一度も研いだことのない包丁を持って近所の食堂へ行った。そして、そこで出店していた上山刃物の研ぎ師・木下ゆうきさんに包丁を研いでいただく。ピカピカに研がれた包丁。食堂の女将が「ちょっと切ってみてん!」と持ってきてくれたトマトを切る。“スゥーーー”。刃先から伝わるノンストレスの切れ味に高揚感を覚える。あとから知ったことだが、この日が木下さんの研ぎ師としての記念すべき初出店だったそうだ。

現在、木下さんは、イベントや店舗の軒先などでの出店、個人宅への出張、郵送による依頼を受け、さまざまな刃物を研いでいる。その刃物は、家庭用の包丁から、料理人が使用するプロの包丁、カービングアーティストのカービングナイフ、生地の裁断用のはさみ、植物の剪定用のはさみまで、とても幅広い。

この日も約一年ぶりにわが家の包丁を研いでいただいた。(撮影/山下冗談)

趣味の釣りがきっかけで、研ぎ師になるまで。

木下さんが刃物を研ぐようになったきっかけは「釣り」。釣った魚をさばいてお刺身にするとき、切れ味のいい包丁だとおいしく仕上がる。約10年前、それに気づいて、包丁を研ぐことを独自に研究し始めたそう。刃の形や素材によって研ぎ方が異なる。インターネットで調べつくし、何度も試行錯誤を重ねた。木下さん曰く「そういう性格」なのだとか。

ていねいに取材に応じてくださる木下さん。今回の取材は高江未来学校にて実施。

また、あるときは勤務していた食品会社の敷地に、雨ざらしで錆びついた包丁を見つけて持ち帰って研いだ。「人はこんな包丁、研ぐほどでもないとか、こんな包丁、買ったらいくらでもないと言うけれど、それを研ぐのが自分の仕事」と木下さん。次第に社内の包丁を研ぐようになり、同僚から家の包丁の手入れを頼まれるようになる。そうして奥さんからの「技術をもっているのだから、技術を売りなさいよ」という鶴のひと声で独立を決意する。やはり人生の節目にておいて、パートナーの後押しが力になるのだ。

「知識とスキルの中で動く」。木下さんのスキルアップ術とは?

木下さんは研ぎ師として独立するまで、3年周期で8つもの仕事をしてきた。最初は造園業、次に家業の生花店、青果市場、鉄筋屋、造船業、水産業、物産館の鮮魚担当、食品加工業、そして研ぎ師。一見するとバラバラに感じられる業界だが、次々に新しい挑戦をしたというわけではなく、どれもこれも「スキルを得るための手段としての転職」であった。例えば、鉄筋屋さんで高速道路の脚をつくりながら鉄について学び、造船業では鉄に磨きをかける機械の使用方法を知り、水産業では正確な魚のさばき方を習得、次の物産館では魚をさばく技術をお客様に提供できるまでに高めた。しかも、これまでのスキルはすべて研ぎ師の仕事に活かされている。これについて木下さんは「いつも知識とスキルの中で動いているんです」と話す。

「この道具は造船のときに使っていたものなんですよ」と木下さん。

木下さんはいまのところ包丁一本につき500円で研いでいる。「みなさんには安すぎるのではと心配していただくんですけど、一本だけではなくて、家にあるすべての包丁をよく切れるようにしたいんです。包丁はもともと普通の鉄なんですけど、“包丁という役目”をもらったんですよね。だから、切れない包丁ってかわいそうだと思うんです。よく切れるようになったらお気に入りとして大事にしてもらえる」と木下さん。

「包丁は誰かがつくったものだから魂があると思っている」とも言い、古い包丁のリメイクも手がけている。「この仕事をしていると包丁の処分を頼まれることがあるんです。だから、それらをいただいてよく切れるようにして出店のときに安く販売することを始めたんです」と木下さん。一度は失われた包丁としての機能を、研ぐことによって生まれ変わらせているのだった。たかが包丁、されど包丁。研き手によってその魂は甦るのかもしれない。そして磨かれた包丁で食材を切ったとき、手にした私たちの心も踊る。

夢は、「奥さんとふたりで刃物を研ぎながら旅をすること」という。

今回の取材を通して、包丁への見方が変わった。ただの道具ではなく、まるで“いきもの”のように感じられた。そして、その“いきもの”は私たちの暮らしの手助けをしてくれる存在だと気づかされた。これからはわが家の包丁も定期的にお手入れをして、愛着をもって大切にしていきたい。木下さんは研ぎ師で刃物を研ぐことを仕事にしている。だが、木下さんが本当に仕事として志しているのは、きっと「刃物への想いそのもの」なのだろう。

▼問い合わせ先上山刃物
TEL 090-6639-4768
※包丁10本以上から出張も承ります。
※ショートメールでのお問い合わせも可能です。
取材・執筆
やましたよしみフリーランスの編集者・ライター。鹿児島県薩摩川内市在住。浜松市出身。
大学卒業後、IT関連企業を経て、出版社、編集プロダクションに勤務。
主に女性向けフリーペーパーや実用書、育児情報誌などを制作。
2011年、東京から鹿児島へ移住。2012年よりフリーランスとして活動している。
得意分野は、食と暮らし、アート。二児の母でもある。
■ブログ http://yamashitayoshimi.blogspot.jp

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