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TEGE TEGE BIYORI てげてげ日和

大自然に恵まれ、豊かな食、
魅力的な人が集まる南国・鹿児島—。
「てげてげ日和」では、
鹿児島生活10年目のライター・
やましたよしみが、
鹿児島の素敵な人・モノ・風景などを
ご紹介します。

2018.11.05

【第21回】壮大なスケールを描く表現活動と、小さなスケールの21世紀型の暮らしを実践する大寺聡さん。(後編)

ご自身が暮らす、日置市吹上町永吉の地域活動に取り組んでいるイラストレーターの大寺聡さん。永吉商店街につくった永吉銀座を拠点に、町や住民たちに新風を吹き込む。一方で、大寺さんから漂うアーバンな雰囲気や、相反する田舎暮らしはどこかミステリアスにも感じられる。前編に続き、後編では“地域人”としての顔だけでなく、大寺さんが描く“21世紀型の小さな暮らし”が語られた。そして、どのエピソードの裏にも、ごく普通の子煩悩なお父さんの顔があったのだった。

*前編の記事はこちらから

ーーあらためて、イラストレーターの大寺さんが仕事とは別に地域に働きかけている、というのがすごいことに感じます。

「半分意地になっているところはありますよね。ここは祖父が遺した土地だから選ぶこともできなかったですし、運命みたいな感じでここに来ているんですけど。結局ここで家族のことを考えているので、この集落がダメになったら人生の半分を捨てたことになるんじゃないかっていう、そういう強迫観念みたいなものがあるんですよ(笑)」

ーー多くはお子さんたちのためですか?

「子どもの存在は大きいですよね。東京暮らしをしていたら、僕みたいなタイプは子どもはいなかったと思うんですよね。純粋に子どもを育てたいと思えたのも鹿児島のおかげだし、自然環境の中で暮らしているからそういう風に思えたんですよ。結局、一極集中と少子化の問題ってまったく一緒なんです。都会では子どもを育てるっていう発想が難しいから日本の人口が減っていると思うので。

かごしま自然学校の吉岡敦之さんという方から聞いた話なんですが、自然の中に身を置いていると自己肯定感が高まると言われているらしくて。最近、森に入れない人や虫が嫌いな人が増えたりとかしているんですけど、それは自己肯定感を自ら拒絶しているという風に、僕は感じますね」

ーー確かに、子どもは何の抵抗もなく水たまりや、泥水にでも入っていく。お母さんとしては「あーあ」と思うことも少なくないのですが。

「そうですね。子どもを吹上浜に連れて行けば何時間でも遊んでますもんね。大人はすぐ帰っちゃうんですよ。この間も友達を連れて行ったんですけど、ちょっと歩いたら「ふ~ん」という感じで10分くらいで帰っちゃいました(笑)。本当はずっといてもいい場所なんですけどね」

ーー砂浜にいると、おもちゃがなくても子どもは勝手に遊びをつくり出しますよね。それで自己肯定感も高まっているんですね。

「そうだと思いますね。得られる情報量がおもちゃとは、まったく違うと思うんです。砂浜の砂を両手で持ち上げただけでも、砂のひと粒ひと粒にもそれぞれ違う歴史がある。子どもはそういう情報を、理屈ではわかっていないけど、たぶん感じていると思うんですよ。

そこに石がいくつか置いてあるんですけど、次男が川で拾って来た石なんです。すごい形してるんですよ、重たいし。“これどこで拾った?”って聞いて、自分がFacebookに“こんな形の石を初めて見た”って投稿したら、昔の“たたら場”、もののけ姫に出て来た製鉄所みたいな、ああいったところから出てきた“スラグ”っていうものなんじゃないかと言われて。どうしてそこへ流れ着いたかわからないんですけどね。たぶん金属をつくるときにできたゴミですね。おもしろくて集めているんです」

黒い塊がスラグ。手にするとひんやりと冷たくて、ずっしりとした重みがある。

黒い塊がスラグ。手にするとひんやりと冷たくて、ずっしりとした重みがある。

ーー大人はスラグが川に落ちていても気づかないですよね。

「そうかもしれないですね。ただ、自分はひたすら石を拾って歩くのが好きですね。(アトリエにあるいろいろな石を持ってきてみせてくださる)。これは甑島で拾って来た化石。石を集めていると、だんだんいい石とよくない石とわかってくるんですよ。

今年、霧島アートの森で個展をやったときに出した本〈『オーテマティック 大寺聡作品集』(フィルムアート社)〉にも、石のことが書いてあるんです。あと、友人が送ってくれたもので、海岸で陶片を拾ってひとつひとつにタイトルをつけている冊子や、ブルーノ・ムナーリという人の石の本、砂の本もありますよ。こういった書籍も自然と集まってくるんです。

今は自然に向き合うのが一番おもしろいかな。こっちに移住してからの哲学はだいたい『オーテマティック 大寺聡作品集』に書いてあります。鹿児島大学の井原慶一郎先生が編集してくれました」

「石ひとつずつに途方もない違った物語が内包されていると実感する」と大寺さん。

「石ひとつずつに途方もない違った物語が内包されていると実感する」と大寺さん。

気軽に“大寺聡の世界”が楽しめるように、と編まれた作品集『オーテマティック』。

ーーいま暮らしのなかで、一番大事にされていることはどんなことですか?

「いま子どもと過ごす時間が一番大切かもしれないですね。子どもは3人いるけれど、毎日それぞれが一日ずつ歳をとって、毎日状態が違うんですよね。自分もそうだし。子どもたちの興味もそれぞれ違う」

ーー3人のお子さんはおいくつですか?

「中2と、小4、小2です。子育ては、14年くらいになりますね。三男もあと一年くらいで手はつないでくれなくなるんですよね。だから、これが今日最後なんじゃないかという感じで、手をつないだり、頭をなでたりしてます。そういう話はお父さん同士のなかでよく出ますね。なので必要以上に抱きしめたりとか、通り過ぎるときに頭をなでたりとかしていますね。中2の長男なんかはもう頭なんてなでられないし(笑)。いつの間にそうなったか憶えていないんだけど」

ーー私の夫もそうですが、周りでもそういったお父さんは多いです。ですが、子育て支援センターなどで会うお母さんたちからは、朝から夜まで会社で働いているサラリーマンのお父さんたちのなかには一日子どもを見られない、赤ちゃんの場合はオムツを替えられないとか、そういう話をよく聞きます。

「こちらからするとサラリーマンの人は特殊に感じますね。世間からしたら一般的だと思うんですけど。社会人じゃなくて“会社人”になってしまっているような。だから、僕はFacebookの自己紹介文に“在宅勤務が一般的になりお父さんが地域に戻ることをが多極分散社会をつくると信じています”と書いてるんです。勤め人が増えて、地域からお父さんが消えたんですよね。

永吉も農業をやっている方はいるんですけど、男性の昼間人口は少ないと思いますね。どこかしらに勤めている方が多い。お父さんが常に地域にいると、たぶん社会は相当変わると思うんですよ。草払いは日曜の朝から集まるけれど、毎日お父さんがいればそんな風に集まらなくてもいいような気がしますね。奉仕活動、保全活動などという言葉を使わなくても、草が伸びたら刈ればいいんです」

ーー永吉という町は、大寺さんのお子さんたちにとっての地元になるし、子どもたちにとって住み良い町だとか、誇れる町だとか、お話をうかがっていて“お子さんたちが生きる町なんだ”ということが感じられます。

「最初の話と繋がってくるんですけど、僕はポップカルチャーにとても勇気づけられてここまで来たので、子どもたちには石の話とは真逆だけれど、そういうことも教えていきたいんですよ。ハリウッド映画とかもバンバン観せているし。どうしても自分がやっているような仕事の最先端のものは、ハリウッドなどに集まるんですよ。そういうものを子どもに振り幅として見せているという意識があるんですよね。そういう方向での最先端と、自然は自然で最先端だと思うので。

ただ、この後、田舎にもすごい勢いで人工知能とかが入ってくると思うし、こういう場所もその流れを無視できないし、飲み込まれていくっていうのもわかっているんです。文明を否定して生きるというのは、たぶん無理だと思うんですよ。近い将来、永吉にもアマゾンがドローンで配達してくるようになるんじゃないかな。

永吉のような町が好きな人はナチュラル志向な人が多いんですけど、極端に文明とか、大人を嫌っている人が移住してもうまくいかないような気がしてます」

ーー鹿児島に移住してきて、私自身も前よりナチュラルに傾いてきているなと自分では思っているんですけど、古民家を自分たちの手で修復しながらていねいに暮らしているような周りの友人たちを見ていると、やっぱり私には性格的に難しいなと感じます…。

「古民家再生と言われて僕も期待していましたが、家主さんはなかなか貸してくれないですよ。例えば、法整備が進んで5年以上放ったらかしの古民家は更地に戻して、土地を貸し出したほうがいいんじゃないかなどと考えますね。いま調べると3Dプリンターで百数十万円くらいで家がつくれるんです。古いもののよさもあるけれど、古民家の修繕費よりも格段に安くて頑丈な住宅がつくれれるのであれば、未来志向に転換したほうがいい。その辺は臨機応変にしていかないと本当に人がいなくなるなと思っています。安く家が建てられるのなら永吉は土地が安く手に入るので、可能性があるような気がしてるんですよね」

ーー今後ドローンで物が配達されてくるかもしれないし、3Dプリンターの家ができるかもしれないなかで、実際に永吉の町や永吉銀座にどういう展開を期待しますか?

「やっぱりこの小さいスケール感の中ですべてが成り立つ町にしたいですね。自分たちが結婚したのが2000年で、当時は吹上町役場の支所があって婚姻届を出しに行ったんですけど、合併してそういう機能がなくなってしまった。どんどん大きいものに巻かれている感じがあるので、それを取り戻していきたいですね」

ーーまずは商店街の空き家を貸してもらえるようにするところから?

「そういう話も何回かしましたよ。だけど、もともと商店街の仕組みっていうのは、家族として商店を営んでいるのがほとんどで、家の寿命と商店街の寿命が一緒と言われているんです。ヨーロッパだと徒弟制度があって、例えば靴屋さんは自分が現役世代のときに弟子をとっている。靴屋さんとして場所はずっと靴屋さんとしてあり続ける。でも日本はそういうシステムをとってこなくて。商店街が発明されたのが50年くらい前で、全国で家族の寿命と商店街の寿命が一緒になっている」

ーー新しく商店街をつくっていく、ということになりますね。

「そうですね。そういう意味で永吉銀座は一日だけでも借りられるので、ぜひ活用してほしいですね。ちなみに、今度11月6日(火)に燦燦舎さんが来てくれるんです。一日本屋さんとして。いま商店街の空き店舗を軒先だけでも使わせてくれないか、という交渉はよくしてます」

ーー最後に、“これだけは言いたい!”ということはありますか?

「この間、鹿児島のテレビ番組の限界集落特集で、人口シュミレーションみたいなものをやったんです。一極集中と多極分散では8年後くらいが分岐点で、そこから先は多極分散に向かわないと日本は厳しくなるという研究結果でした。

未来予測シュミレーションでは、2万通りの未来シナリオから、結局2020年時点ではどちらにも行ける可能性があるんだけど、都市集中シナリオだけがひとつだけ分裂して、これはうまくいかないという研究結果が出ているらしいんです。

だからいま本当に我慢のしどきで、健康、幸福、人口の持続可能性の展開をみると地方分散が望ましいという結果が出てるので、東京オリンピックが終わったあたりから徐々にまた次の流れがくればいいなあと思っているんですよ。

ただ、さっきも言ったように、覚悟みたいなものがない人が田舎へ来てもなかなか難しいと思うので、こちらもあらかじめ伝える努力をしていかなければならないですね。永吉に名古屋出身の方がいらっしゃるんですけど、その方が“田舎暮らしは自分で決定するポイントがたくさんあるから自由に感じられる”と言っていたんです。どうしても都会は仕組みに従わないと、生きていけないですからね。

この間、Facebookにたき火をしている写真をあげたんだけど、たき火っていう自由とか本当に最高だと思ってるんですよ(笑)」

最初に投げかけたテーマ・永吉銀座から、ご自身の生き方や暮らし、好きなもの、子育てについて、都会から田舎への移住についてなど幅広く語ってくださった大寺さん。最後に、意外にもご自身のことをイラストレーターとして「世代交代で岐路に立たされている」とおっしゃった。加えて「自分がやってきたことを続けていかなければならないですし、自分の世代が感じて来たことをどうやって伝えていくか。いまそういうところに差しかかっていると思うんです」と話す。それは永吉という地方の田舎町における、地域人・大寺さんの活動にも重なる。今回のインタビューで大寺さんの世界の一部に触れ、あらためて実感したこと。それは、大寺さんの世界がそうであるように、私たちひとりひとりの世界も広く、小さなスケールにはささやかな幸福が溢れている、ということ。人間が忘れてはならない、とても大切なことのような気がする。

大寺聡

▼大寺聡
1966年、日置市伊集院町にて生まれ、東京都国立市で育つ。子どものころに観た映画『スター・ウォーズ』にカルチャーショックを受ける。1990年、武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業。在学中より開始した「就職しない活動」により、以後フリーイラストレーターとして活動する。2000年、拠点を東京から現在の鹿児島県日置市吹上町へ。2017年、鹿児島県芸術文化奨励賞受賞。2018年、霧島アートの森にて個展「オーテマティック2018」が開催された。表現活動のテーマは「最新のデジタル技術と豊かな自然の接点」。
HP http://www.ohtematic.com
Facebook https://www.facebook.com/satoshi.ohtera

取材・執筆
やましたよしみフリーランスの編集者・ライター。鹿児島県薩摩川内市在住。浜松市出身。
大学卒業後、IT関連企業を経て、出版社、編集プロダクションに勤務。
主に女性向けフリーペーパーや実用書、育児情報誌などを制作。
2011年、東京から鹿児島へ移住。2012年よりフリーランスとして活動している。
得意分野は、食と暮らし、アート。二児の母でもある。
■ブログ http://yamashitayoshimi.blogspot.jp

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