2020.02.17
【第27回】蜂とともに一年を通して日本を縦断する196養蜂の養蜂家・永田幾郎さん。
「“No bees, No Life on the Earth”っていうアインシュタインの言葉、知ってる?」から始まった今回の取材。
第27回『てげてげ日和』にご登場いただくのは、養蜂家として日本中を飛び回る永田幾郎さん。冬は鹿児島、春から秋は青森、北海道と蜂とともに旅する養蜂の仕事について、お話をうかがった。
「この地球から蜂がいなくなると、人類は4年しか生きられないとアインシュタインは言ってるんだよ」。幾郎さんはそう言うと、地球の生態系における蜂の役割を話してくれた。簡単にまとめると、蜂は植物の花粉を媒介する送粉者であること。おそらく蜂はそれについて無意識であること。しかしながら、蜂が蜜を集めるため花から花へと飛び、毛にまとった花粉から植物が受粉することで実がなり、私たちはその恩恵を受けている、ということだった。
幾郎さんはいつも陽気で、いつも誰かを褒めていて、プライベートの場では仕事の話はほとんどしない。(尋ねたらものすごくていねいに話してくれる!)。そして、今回の取材を通して養蜂家の仕事が、ごく特殊な仕事であることがわかった。
10代後半から20代半ばまでをカナダで留学していた幾郎さん。「語学学校やビジネススクールに通ったり、知り合いの店や学校で手伝いをしたりしながらカナダを放浪していたんだよ。留学というよりは放浪という言葉が一番しっくりくるかな。カナダにはいろいろな人種の人がいたし、日本とは違う感覚の暮らしも刺激的だった。最初は街にいたんだけど、どんどん田舎へ越してカナダの大自然に触れて、自分が“自然が好き”ということも初めて自覚したかな」。長野県出身で都会やクリエイティブな世界に漠然とした憧れをもっていたが、カナダで大自然の中で暮らし、自分の感覚が変わっていくのを感じたという。
幾郎さんとの蜂との出合いは、趣味で蜂を育てていた学校の先生の手伝いをしたとき。クローバー畑に蜂が飛び交う様子を見て「これまでの放浪の経験がつながる。活かせる」という直感があったそうだ。それから、たまたま手に取った日本の雑誌に養蜂家の仕事が掲載されていて、そのたった2ページに引き込まれた。そんなとき、日本にいる母から養蜂の仕事を勧められ、長野県松本市に養蜂家がいると教えられる。
「このままじゃダメだ。なにか手に職をつけたい!」という青年にありがちな焦りやそれに不随するエネルギーをそのままに帰国すると、母に教えられた松本市の養蜂家を訪ねた。そこで1カ月、養蜂体験をさせてもらう。冬だったため、蜂には一切触れられず、ひたすら空箱の掃除や道具の手入れをしたそうだ。その後、「九州に若い養蜂家を何人も独立させている養蜂場があるからと、福岡の養蜂家を紹介してもらったんだよ。その方に青森と熊本のふたりの親方を紹介していただいて、養蜂家になるための道を開いてもらった」。
養蜂の世界は、蜂の箱を置く場所の利権の関係や蜂の引き継ぎなど、蜂の飼育にまつわるさまざまな口伝も含めて“お金では買えないもの”を引き継ぐため、世襲制度に似ている。外の世界から入っていくのは簡単ではないのだ。紹介された養蜂家に弟子入りすると5年間修業に打ち込む。(ちなみに、家業である場合の修業期間は2年だそう)
修業期間を経て、春夏の青森の師匠、秋冬の熊本の師匠と、親方たちのもとを巣立ち、修業中に育てた蜂とともに独立。5月から11月を青森、北海道、12月から4月を鹿児島で過ごす。「カナダでは自分の意見をはっきり伝えないと個人として認めてもらえないことがあるんだけど、修業中は逆。とにかく、仕事をものにしようとしがみついた。同世代と同じようにはお金も稼げないから、交通費もご祝儀も出せなくて結婚式なんかにも行けなかったね。独立してからも3~4年は仕事ばかりしていて友達もいなかった」。そう話す幾郎さんだが、いまでは鹿児島には青森から”帰ってくる”彼を待つ友人が大勢いる。
養蜂は人間主導ではない。基準はすべて蜂だ。「冬を越すのに十分なエサを蓄えているか。女王蜂がきちんと産卵しているか。蜂の数に対して巣の枚数、大きさは適切か。いつも蜂がなにを望んでいるのか考えて補う。それが養蜂家の仕事」と幾郎さん。暖かくなり、野山に花が咲き始めると女王蜂が産卵するので、それにともなって箱の中の蜂が増えるので箱を大きなものに替え、巣箱を二段に積むなどの仕事に追われる。また、一年を通して同じ場所で蜂を飼育する定置養蜂とは異なり、幾郎さんが行っている移動養蜂では青森のリンゴの開花が移動のタイミングとなる。「リンゴの木も受粉してくれる蜂や昆虫を待っていてくれるんだよ」と話す。また、農家さんも蜂たちの登場を待っていて、リンゴの木の下に蜂を放して受粉させるのも幾郎さんの仕事のひとつ。「あまり知られていないんだけど、ポリネーション(※)と言うんだよ」。
11月下旬になると友人たちの間では“そろそろ幾郎さんが帰ってくるんじゃない?”と話題になる。そして、時期が来ると幾郎さんは自らが飼育した蜂が受粉させ、大きな実となったリンゴをたっぷりと携えて蜂とともに帰ってくる。幾郎さんは「鹿児島の友達はカナダの人たちに空気感が似てるんだよ。とても自由で」と言う。私たちはそんな幾郎さんを囲む。毎年、寂しさとともに見送り、喜びとともに迎える。「養蜂家っていうとハチミツ屋さんと思われがちなんだけど、正確にはちょっと違うんだよね。ハチミツはあくまで副産物。元気な蜂を飼育するために時間と労力を注いでいるから、自分の仕事を“蜂屋”と言っているんだよ」。自らを“蜂屋”という幾郎さんは、愛をもった“蜂を育てる”職人さんなのである。
そういえば、私にも好きなアインシュタインの言葉がある。“人類は行動を起こすものだ。例えなにも見つからなくても、成功はそこにある”。最後に幾郎さんは言った。「俺も蜂みたいに、無心に生きてえな」。
※ポリネーションとは
蜜蜂が野山や畑などを飛び回って受粉交配(ポリネーション)するように、養蜂家が花の咲く時期に園芸農家のもとを訪れて果樹などの近くに巣箱を置き、飼育する。農作物の受粉を完全なものにするために園芸農家にとってポリネーションは非常に大切なものであり、また現代の養蜂家にとっても重要な仕事である。
御菓子司 前田家 鹿児島県日置市日吉町日置3388
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やましたよしみフリーランスの編集者・ライター。鹿児島県薩摩川内市在住。浜松市出身。
大学卒業後、IT関連企業を経て、出版社、編集プロダクションに勤務。
主に女性向けフリーペーパーや実用書、育児情報誌などを制作。
2011年、東京から鹿児島へ移住。2012年よりフリーランスとして活動している。
得意分野は、食と暮らし、アート。二児の母でもある。
■ブログ http://yamashitayoshimi.blogspot.jp